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漫画やドラマでは有り触れた、あまりにもベタな出来事だったが、あの日俺は一目惚れをした。
「あぁ、もう! ドコにあるんだよっ!?」
街中を巡る陽気な音楽がやけに響いたのを覚えている。それほどまでに俺は切迫していたのだ。
誰かにネコババされてはいないか。折角溜めたカードのポイントを使われはしないか。
財布を落として、泣き言をブツブツ言いながら半ば涙目で地面に這いつくばっていた俺に、あの子は手を差し伸べてくれた。
「お、落し物ですか?」
どこか保護欲を刺激させられるあどけなさを感じる顔立ち。どこの馬の骨とも知らない男に話しかけるのが緊張するのか、ほんのりと朱に染まった頬。心を見透かすような綺麗な瞳。
振り向いた一瞬で心を奪われた。学生たる自分にとって命と等価とさえ言える、お年玉の全てが入っている財布の存在を一瞬とは言え忘れた程なのだから、と言えばどれほどの衝撃だったか伝わるだろうか?
…伝わんないか。
「………」
「あの、どうかしたんですか?」
「あ、いや、何でもないですよ!?」
反応を示さない俺を不審に思ったのか、可愛く小首を傾げる少女。この時点でもう俺の正気は溶けていたに違いない。
…だから、正気を失ってしまっていたが故に再び会いに行こうと思ってしまった俺を、一体だれが責められようか。
その可憐な少女の名前は、直枝理樹と言った。
あのチョコレートを手に入れろ!
「──ほら、理樹くん。終わったぞ、見てみろ」
言葉に従って後ろに立ててあった姿見を覗く。
よく言って可憐な少女。悪く言えば悪趣味な変態。
それが、映った姿を見た率直な感想だ。
(…まぁ、「可憐」って表現できる時点で既に危ないんだけどね)
零れる苦笑とため息は見逃してほしい。何故ならこの格好は自身の意思ではないのだから。
「うむ、実に似合ってる、思わず抱きしめたいくらいだ」
「喜んでいいのかすごく微妙だよ──ってホントに抱きつかないでよっ」
「しかしこれは…、理樹。ずっとその姿でもいいぞ?」
「…そろそろ泣いていいかな?」
本当に、零れる苦笑とため息は見逃してほしい。だって本当の苦難はこれから始まるのだから。
ニヤニヤという表現がぴったりな表情で哂う来ヶ谷さんと恭介から顔ごと逸らし、何度目か分からないため息を零した姿を、姿見は尚も真似る。
意味がないのに思わずそれにジト目を向けてしまったのはやはり疲れているからなのだろうか。
ジト目でこちらを睨んでくる、可愛らしく女装した僕が視線の先にいた。
「……はぁ」
■■■
「雪合戦をしよう。それだけじゃつまらないから罰ゲーム有りなんてどうだ?」
例によって恭介の一言から始まった雪合戦。
その始まりはおよそ一週間前、連日の降雪の中、珍しく晴れた日の事だった。
三つのチームに分かれた僕たちは白熱した戦いを繰り広げた。
まぁ、白熱と言ってもそれは飽くまで『強大な相手に対する健闘』であり、『互角を極めた末の決戦』ではなかったのだが。
分かり易く言うと、負けたってこと。
罰ゲーム有りの条件で本気になった恭介と来ヶ谷さんを一体何人が止められるというのだろうか?
だから、健闘。
いい訳をさせてもらえるならば、最後のドルジの突進がなければ後一分は堪え切れただろう。
罰ゲームは古風にもクジで決められることになった。
僕へのリクエスト、もとい罰ゲームが寄せられたクジを嬉々として掻き漁るドルジの姿は、後二週間は頭から離れないだろう。あの腕(?)、伸びたんだ。
そんなわけで、僕の罰ゲームはめでたく『はじめてのおつかい~女装編~』となった。
…いや、全く『めでたく』はないんだけどね。
□□□
とまぁ、そんなこんなで現在に至る。
余談だけど、葉留佳さんは佳奈多さんのクジを引いてしまったらしい。内容は『一日風紀委員長』だとか。
そんな軽々しく、よりにもよって葉留佳さんに一任していいのか激しく不安だったけど、『一応は』真面目にやるらしい。…いや、一応ってね…まぁいいけど。
どうにも佳奈多さんは新入部員確保の為に、クドと和食を中心とした料理のレシピ作成をしたいらしい。
味見は僕たちにさせてもらえるらしいから、今から楽しみだ。
「鏡を覗きこんでジッとしてるとアブない人みたいだぞ、少年。いや、ここは直枝女史と呼んだ方がいいのか?」
「そんな気遣いはいらないよ…、というかどうしてみんな同じようなリクエストを寄せてくるのさ」
そう、僕に寄せられた罰ゲームの半分が『女装』だったのである。
鈴は猫の世話、クドは味見要員等と、良心的な内容だったにも関わらず、他は酷かった。
パジャマパーティやら撮影会だとか棗×直枝(♀)やらその他色々。
「みんな理樹くんの事が可愛くてしょうがないのさ」
「おうよっ! 自慢の幼馴染だぜ!」
そりゃあ現実逃避だってしたくなる。というかこんな事で自慢されたくない。
そんな僕の心境を見透かした様に哂うふたりに、今度こそ勝つと誓った。
おわり、マル。
「とまあ、そんな打ち切りの漫画みたいな完結はありえないわけで」
『誰に話してるんだ?』
「空耳じゃないかな」
現在位置、商店街。
女装していると言うのに誰にも訝しがられないことを喜ぶべきか、それとも悲しむべきか。
クドの髪飾りに似せたコウモリ型の通信機(髪飾り.ver)から響く声に返答する。周囲の目を気にしながら返事をしなければいけないのが難点だが。
それにしてもバレンタイン前の祝日にミッションさせる辺り、意地の悪さが窺える。
ちなみに、女装に当たっての総取締役は来ヶ谷さん。罰ゲーム発案者の権限だろう。
どうして無駄な事に全力を尽くすのか、それをもう少し数学に向けてほしい。…言っても無駄のような気がしないでもないけど。
『明日は葉留佳君の罰ゲームだからな。風紀委員がどこまで騙されるか見物だよ』
「どうせなら同じ日にやってほしかったんだけどね」
『そんな楽しみが半減するようなこと、すると思うかね?』
「全然…」
『いい回答だ。満点をあげよう』
最初はみんな同じ日に決行するはずだった。しかし、それに反論したのが来ヶ谷さんだ。
理由は先に述べたように、楽しみが半減するから。
まぁ、その通りだろう。罰ゲームを見て楽しむ側からすれば。
そもそも罰ゲームは見ている人がいなければ成り立たない。それを必死に回避しようとする事自体無意味だったのだ。
そして繰り返すが、楽しみを前にした来ヶ谷さんを前に、一体何人が立ち向かえると言うのだろうか。
吐いた溜息の数は知れず。白い未練と二酸化炭素を残して人混みへと掻き消えた。
(………。)
それをなんとなく眺めてたら、ある事に気が付いた。
「ねぇ、来ヶ谷さん」
『何かな?』
「結局、商店街まで来て何をすればいいの?」
『………………………、ふむ』
「来ヶ谷さんって、時折可愛い失敗するよね」
『五月蠅い黙れ通報するぞ』
「全力で済みませんでした!!」
ナマ言っちゃいけないよ? と。からかったのが一瞬で覆された。
周囲の目も謀らず頭を下げる。社会的に抹殺されてしまう。
『雉も鳴かずば打たれまいに──って言うだろう?』
「おっしゃる通りにございます」
『まぁいい、か。ところで、来週はバレンタインデーとかいうのではなかったか?』
「…大方何を言われるのか察せられたけど、それがどうかしたの?」
『うむ、沈黙は美徳だよ。そこでそんな君にミッションを授けよう。なに、安心したまえ、恭介氏の太鼓判を現在進行形でもらった』
「うん。不安で仕方がないね」
『くくっ。さぁ、頑張ってくれたまえ、直枝女史。今から君は、バレンタインチョコを買ってくるのだ』
通信機越しだと言うのに、一瞬だけニヤニヤ顔を隠しもせずに晒す来ヶ谷さんを幻視した。
「こちら理樹。チョコがどんな店で売っているのかわからないよ。オーバー」
『こちら恭介。スーパーの店頭でセールとかしてないか? オーバー』
「………あ。オーバー」
『それでもオーバーをつけるお前に感動した。オーバー』
なんとなく悔しい感情を抑えながら女の子(特売という事で、男の人も少々混ざっている)の列に並ぶ。
精神的疲労による幻覚から数分の後、ナビゲート役は恭介に変わっていた。
着替えの時は大分暴走していたけど、通信機越しならば正気らしい。正直、ホッとしている。
何故なら恭介のナビゲートは的確だからだ。
バレることなんて滅多にないだろう。そして仮にバレたとしてもこの容姿だ。悲しいけど誤魔化す事もできそうだ。
だけどやっぱり不安なモノは不安で。そう言った事のフォローで恭介が失敗するところは今まで見たことがない。
ステキに無敵な兄貴分は、商店街の人混みの中にいると言うのに的確な指示を出してくれる。
よりにもよって女子制服を着せられている僕は、当然ながら大雑把な動きが出来ない。
移動すると言う事は人混みの中での自殺行為に過ぎず、こうして歩けるのは恭介のナビゲートあってのものだ。
本当に、どこに監視カメラを仕込んだのか全くわからないけど、今はそれに感謝している。…後で言う事は多々あるけど。
雑多な事を考えているうちに女の子の列は消化されていた。そろそろ僕の番だ。
「いくつ買えばいいかな?」
『とりあえずみんなの分でいいだろ』
「そうだね。それくらいなら僕が出すよ」
『お、太っ腹だな? サンキュー』
「まぁ、いつもの感謝という事で」
『律儀だな。お前らしいぜ』
「どういたしまして」
「12点で2400円になりまーす!」
「え゛…」
予想外の出費だった。
『まぁ、そんなに落ち込むなよ』
「驚いただけで、落ち込んでるわけではない、よ…」
ちょっとだけ寒くなった懐に寂しさを覚えつつも帰路に着く。早く帰るに越した事はないから。
商店街の人混みの中には僕たちの学校の生徒だけでなく、他校の生徒までが活動の基点にしている。
それはどういう事かというと、もし知り合いなんかと遭遇して、且つ大声で驚かれたりなんかしたら、晴れて市内デビューという事である。
堪ったものじゃない。例え見知らぬ人物であろうと嫌なんだ。市内デビューなんかしちゃったら恥ずかしすぎて死んでしまう。
それは、何としても避けなければいけない。
「他に用事はある? …と言っても全力で拒否するけど」
『安心しろ。これで終わりだ』
「わかった。来ヶ谷さんが途中から出なくなったのが不安だけど今から帰るね」
『おう』
幸いにして精神的被害は軽傷で済んだものの、これ以上の被害は男としての存在意義にかかわる。
できるだけ早急に、決して走らず、風のように──
「うぅ…」
今なら逝ける。僕は今一陣の風になる。北風のように凶悪で、南風のような穏やかさで──
「どこだ…俺の財布ぅ…」
さぁ、商店街の出口はすぐそこだ──!
「どこだぁああああああああああ!」
『直枝女史。アレはなんだ?』
「さぁ?」
…来ヶ谷さん。いつの間に恭介と変わったんだろう。
上がりに上がったテンションを叩き潰される。これ以上人混みの中にいたくないから急いだと言うのに。
それに真人と張り合えそうなくらいアレな人…もとい、公衆の面前でシャウトしている人は意識的に視界から外すのがマナーだろう。
『面白そうだ…』
「失礼だよ…」
『いやしかし、先ほどから地面を這いつくばっているぞ? 何か探してるのではないか?』
「ああ、だから静かだったんだ。それにしても珍しいね、見知らぬ人を気にかけるなんて」
『何気に貶められてるような気がしないでもないがまぁ珍しいのだろうな…ところで、何が言いたいかわかるかな?』
「まさか…」
『うむ、人助けとは気持のいいことだな』
「いやまぁ、確かに悲痛そうな顔でへばりついてるけどさ…話しかけるの? この格好で?」
『人生何事も経験、だよ』
「やけに貫禄溢れる言葉だね…。まぁ、本当に困ってそうだし、手伝ってもいいかな?」
『ふふっ、期待しているぞ、理樹くん』
会話を終わらせる。何を探してるのかわからないけど、さっさと見つけて、僕は再び風になる。
(話し…かけるんだよね)
意を決する。たかだか人助けに大袈裟な、ではない。今の僕の状況を見て大袈裟だと言うのならば、その発言はドルジの助力を仰いででも撤回させよう。
段々と心音が大きくなる。ばれたら終わりか、或いは笑い話ですむのか。
「あぁ、もう! ドコにあるんだよっ!?」
「……」
これほど取り乱しているのなら、多分バレないだろう。
「お、落し物ですか?」
微妙に余裕も感じながら話し掛ける。まぁ、安心できる状況では決してないのだけど。
相手の表情を一片の変化さえ逃さず観察する。もしバレそうであれば全力で逃げないといけないから。
「………」
相手はこちらを食い入るように見ている。
「(もしかして、バレた!?)あの、どうかしたんですか?」
「あ、いや、何でもないですよ!?」
取り直すかのように、その姿は、秘密を隠そうとする子供そのものだった。
(コレは…どうする?)
もしもの為にドルジを控えさせておくか、それとも逃げるべきか。
どうにも相手はこちらを窺っているようにも見える。つまり、疑われていると言うことだ。
来ヶ谷さんに相談しようとして、止めた。
(僕だってリトルバスターズの一員だ。特徴がなくたって、これくらいのミッション、出来ないはずがない!)
早まる鼓動は、感情の高ぶりか。
今雪合戦をできるなら、二対一は無理でも、恭介と来ヶ谷さんの各個撃破ならできそうだ。…気分だけなら。
気勢だけで勝てるなら人類史はもっと面白かった事だろう。
「何か探してるようですし、手伝いますか? ぼ…私は直枝理樹って言います」
ともあれ、無駄に上がってしまったテンションの所為だったのかも知れない。
この時は全く気付かなかった。
冷静に見ていれば、即座に気付いていたと言うのに。
この日の事を僕は一生忘れないだろう。
それほどまでに救いようがなく、どうしようもない喜劇だったのだから。
後編(場合によっては中編)へ
あとがき
研「キ、キャラ崩壊のヨカーン。…いや、いつものことか(ぇ」
ド「開き直ったらお終いだよねぇ」
研「ドルジ喋れたの!?」
ども、大っっっっっっっ変お久ぶりでございます。研修生です。
何度も何度もバレンタイン→来週→来週のコンボでここまで来てしまったので、ひと先ず前編に区切って公開し、後から(ホワイトデーには必ずや…!)後編或いは中編を公開したいかと。
話の流れも大体は、しかしながら文章に起こそうとするとなかなか言葉にし難いもので…そう言った点でも至らないばかりです。
リトルバスターズss情報サイト様には全編公開の後に登録させていただきますので悪しからず。
…出し惜しみしてしまったばかりに中途半端になっちゃったなぁ…w
では、本日はこの辺で。
↓分かり辛いですが、一応web拍手ですw
<a href="http://webclap.simplecgi.com/clap.php?id=kensyuu" target="_blank">
web拍手を送る</a>
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二次創作がメインで、現在一次創作は停止気味です。
暇なとき、「のんびりしていこう」という場所がここであればとても嬉しいです。
最近の衝撃:
寝言「魔貫光殺砲」
…そうですか、緑の人ですか。
注意:
ルールとかとやかく言うのは嫌ですが、一応と。
他の作家の皆様も何人か迷惑しているそうなのでこちらも。
まぁ、最低限の常識は守ってください。ということです。
文書の無断使用・転載はなさらないよう御願い致します。